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2015年4月7日火曜日

許してあげる。


聞く。
受け入れる。
許す。

博多は中州の老舗の有名マダムから聞いた言葉。
マダムは滅法じゃんけんに強い人で、一度も負けたことがないという。
そんなやつはおらんやろう、そう言ってチャレンジしたけれども、やはり勝てなかった。
そのマダムが、いろんな客とうまくやって来た秘訣のひとつとして、そんなことを教えてくれたのだ。
もう随分と昔の話だったので、聞く、受け入れる、許す、という三つの言葉だったか、もうひとつくらいあったか曖昧になってしまっているのだが、最後の許すだけは間違いなくそう言った。

つまり、世の中にはいろんな人がいて、その考え方も意見も生き方もみんな違う。
その違う考え方や意見を理解するのは相当に困難だ。
だとすれば、とにかく聞いてあげようじゃないか、それから否定することなく受け止めてやろうじゃないか、その上でそれがどんな内容であったとしても、許してあげようじゃないか、ということだ。
ほんとうなら理解するという行為であってもいいはずなんだけれども、マダムはそうは言わなかった。
やっぱり、違う考えを「理解」するのは難しいと彼女も知っていたのだろう。
人間が共に生きていくためには、お互いに「許し合う」ということをしないと、対立してしまう。
対立してしまったらもう一緒にはいられない。
実際、もう顔を合わせたくないような相手は、歳を重ねるごとにどんどん増えていくように思う。
そこで、もし、許すことができたなら、誰とでもいい関係を続けていけるのに。

外国で頻繁に起きているテロ事件も、結局許すことができない人々が武力にモノを言わせようとし、被害を受けた方もまたそのテロを許すことができないという悪循環になっている。
イエスもマホメッドも、相手を許す……愛を説いているに違いないのに。

あの中州もマダム、あの時点でもかなりの重鎮だった。ウン十年たった今でもご健在なのだろうか。
                           ふみみ

※博多は中洲の藤堂和子ママ、ご健在でした。
会員制クラブロイヤルボックス、航空スタンドバーリンドバーグのママで、ネット検索で出てきました。懐かしい〜!
http://www.tohdo-hakata.jp/profile

2015年4月4日土曜日

ことばはいらない……か?


ことばじゅくって、すでにあるんだろうなって思っていたら、やはりありました。
ネット検索してみたら、「ことば塾」と冠しているもにが少なくとも五つ。
金田一春彦先生のもの、大阪空堀にある教育的なもの、

武部宏って人がやっているビジネス対応のもの、カルチャーセンターのもの、演劇系のもの。
だけど、逆に言えばこれだけあるってことは、権利関係もなく、誰でも使っていい言葉だってことかな。

それはさておき、ことばのこと。

わたしも大昔のことだけど、心に思ってさえいれば、ことばはいらない、通じ合えると思っていた。
でも、それは間違いであったと今では思っている。
ことばがなくても気持ちが繋がっていると思うのは、幻想だ。
ことばなくして通じ合う、分かり合えるなんてことは絶対にありえない。

ただ、こういうことはあるかもしれない。

許し合うっていうこと。
相手のことがわからなくてもいい。相手の思いがどういうことであれ、何を考え何をしようが許す。
こんなことを指して「通じ合う」と言えるのかもしれない。

心理学者でも言語学者でもない私には、いま書いたことを科学的に証明することはできないけれども、これまで生きてきた経験則からそう思うのだ。

支持してくれるかどうかは、あなた次第なんだけれども。
              ふみみ

2015年4月3日金曜日

ことばじゅくはじめました

誰かにほほ笑みかけると、
誰かのほほ笑みが帰ってくる。
それだけでその人とわかりあえたような気がして。

こころとこころが通じ合うって、
こういうことなんだろうな……

と思ったら大間違い。

その誰かは、私の不気味な笑いを受け流すために
とりあえずほほ笑んでみただけかもしれないし、
とにかくほほ笑んでいれば襲われることはないだろう
という考えの持ち主かもしれない。

人間って、お互いに通じ合うってことは、
ほんとうはとても難しい高度なことだと思うんですよ。

ことばは、人間だけが持つすばらしい能力。

ことばがあるから社会生活も営めるんです。

このブログは、そんなことを考え考え、書いていきたいんです。